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皆さん、こんにちは。学びの庭・塾長の柳です。
ツユクサも、タチアオイも、ヤマユリも、咲き誇っています。
とりわけ、タチアオイは、赤紫のもの、黄色いもの、黒い(青紫の)ものなど、いろいろな色の花が炎天の中すっくと立って咲いています。
すごい存在感ですね。
さて、今日は、ゆる~く、我が家の会話の紹介を。
朝、食卓でのこと。
ふと「もぬけのから」という言葉が出てきたとき、もぬけのモって、どんな漢字だったっけ?という話になり、「裳裾の裳だよ」というようなことになり、「衣裳から身が抜けて空っぽになったってことかな」と話は落ち着きました。
とはいえ、その場で調べてみると、もぬけには、蛻という漢字一文字のものがあり、また、からも、「空っぽの空」ではなく、「貝殻の殻」の字であることが分かりました。
蛻には、蝉の抜け殻や蛇の脱皮した後の殻の意味があるそうです。
なるほど、昔、「うつせみ」(現し臣、生身の身体)という言葉に「空蝉」ないし「虚蟬」という字を宛ててゆき、それに徐々に無常観が重なるという、そんな言葉や概念の移り変わりのことも、思い起こさせられました。
さらに話題はいろいろなものに移り、今度は「手練手管」という言葉が出てきました。
これに関しては、なんで、練の字だけ音読みなんだろうね、という話になりました。
結論は出ていないのですが、今回は、こうした語彙の出てくる会話、というものを紹介したかったのです。
『学びの庭』の小中学生(高校生も)のご家庭でも、こうした語彙の様々な会話を日々重ねることが、学力の基礎を形作ると言えるかと思います。
豊かな言葉を使うということほど、人生そのものを豊かに生きるということはないのではないか、と最近そんなふうに感じています。
いくら物質的に豊かでも、言葉が貧乏な人は、やっぱり貧乏人なんだなあ、ということです。
(いま、カチンと来た人、そう、アナタのことを言っているんですよ。)←ううむ、ケンカ売ってるなあ……。まあ、反論あるかたは、どうぞ。塾長は、本音トークしか、しないのです。(だから敵も多いのですが……。)
どうぞ、皆さん、本当に豊かな人生を目指してみてください。