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吾輩は奇妙なグルグルである。

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皆さん、こんにちは。学びの庭・塾長の柳です。

 

6月ですね。塾の西側にあるジューン・ベリーの木も、たくさんの実をつけています。(まださほど色づいてはいないけれど、野鳥に啄まれるのも時間の問題かな。。)

 

よく算数・数学が好きで、国語が嫌いという生徒さんに、その理由を訊くと、「だって算数・数学は答えが一つに決まるし、スパッと答えが出て、それが正解だったとき、気持ちいいから」といった答えが返ってきます。

確かにそういう面もあるとは思います。(本当は、国語だって、答えの核心はハッキリと決まっているんですよ。表現に幅があるだけで。)

 

ところが、最近、そんな次元とは異なる数学者たちの本音(本質)が分かる一文を、とある本のなかに見つけましたので、紹介してみます。

ダグラス・ホフスタッター著

『わたしは不思議の環

(白揚社 片桐恭弘・寺西のぶ子 訳)。

学生時代に、彼の『ゲーデル、エッシャー、バッハ』を読んで面白かったので、その続編的意味合いを持つという本書も読んでみようと思ったのです。

分厚い本なので、当初、やや読み進めるのが大変だったのですが、ふと、「あぁ、これは学者さんの、真面目な面白エッセー(形容矛盾のようですが…)なのだ!」と気づいた途端、俄然、拍車がかかって読み進めることができました。

さて、紹介したい一文は、以下のものです。

「数学者の行動規範の特徴は、突き詰めていえば、数学者たちが絶え間なくなぜを求め続ける点において定義づけられる。」(本書p.167)

いかがでしょう。つまり、数学者たちは、答えがスパッと出ることを第一に求めているのではないのです。よしんば彼らの行動が、答えに向かって方向づけられていたにせよ、どうやら彼らは、まず、問い続けることそのものに快感を覚えているらしいのです。(そうでない数学者の方がいらっしゃったら、どうぞご一報ください。この文章を訂正いたします。)

なぜ?」を問い続けること。

より高い学び(学び? もう、彼らにとっては、遊びなのかもしれませんが…)の姿勢として、塾長を含めた大人たちにも、また、塾生および学生の皆さんにも、参考になるのではないかと思います。

 

…ところで、完全に蛇足なのではありますが、一言。

本書の原題は、I am a Strange Loop です。本文の自由闊達さ、豊富なアナロジーやイメージ、著者のユーモア感覚から、塾長なら、本書のタイトルを、(おふざけが過ぎるかもしれませんが、)『吾輩は奇妙なグルグルである』とでも和訳したいくらいです。(いや、これ自体、冗談ですよ…。)

さらに言えば、『ゲーデル、エッシャー、バッハ』の原題は、Gödel,Escher,Bach:An Eternel Golden Braid(直訳 ゲーデル、エッシャー、バッハ あるいは 永遠の金色の組み紐)です。GEBあるいはEGBですね。まさに組み紐のように綯われていて、こちらはとってもクールなタイトルですね。

 

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