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イゴイスト(egoist)の二つの意味。

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皆さん、こんにちは。学びの庭・塾長の柳です。

 

今日はとても寒いですね。花冷えというものでしょうか。

一日中暖房をつけて授業をしなければいけませんでした。

 

さて、以前に夏目漱石『こゝろ』を再読したことはお話いたしました。

今日は、その後日談です。

 

つい先日、『こゝろ』を読んでいた中1の生徒さんと、『こゝろ』中巻の〈イゴイスト〉という言葉が出てくるところについて話をしました。「私」(青年)が実家で久しぶりに会った兄に、いったい「先生」とは何をしている人なのかと訊ねられている場面です。兄は、「先生」が特に働いていないということを知って、こんなふうに感想を述べます。

 

イゴイストは不可(いけな)いね。何もしないで生きていようというのは横着な了簡だからね。人は自分の有(も)っている才能を出来る丈(だけ)働かせなくちゃ嘘だ」

 私は兄に向って、自分の使っているイゴイストという言葉の意味が能(よ)く解るかと聞き返して遣りたかった。[中・15]

 

生徒さんのここを読んでの感想は、「このお兄さんこそエゴイストなんじゃないかと思った」というものでした。なるほど、なかなかいろいろと感じたり考えたりしながら、しっかり読んでいますね。この生徒さんの感想における《エゴイスト(イゴイスト)》の意味は、《自分勝手》《自己中心的》《独善的》《自分のことしか考えていない》くらいの意味ですね。言葉の定義としては、この兄と似た意味合いのようです。

では、内心兄に詰め寄りたい「私」(青年)は、本当はこの《イゴイスト》という言葉をどういう意味でとらえているのでしょうか。兄とは違った意味合いでとらえていることは明白ですが。

 

この点について、——『こゝろ』における《エゴ(ego)》について——考えるうえで重要な箇所が、実は上巻にあります。

 

「[…]自由と独立と己れとに充ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう。」

私はこういう覚悟を有(も)っている先生に対して、云うべき言葉を知らなかった。[上・14]

 

「私」(青年)は、こうした脈絡で《己れ(ego)》をとらえていると考えられます。『こゝろ』で言われている本来の意味合いでの《イゴイスト(egoist)》というのは、《自己本位の個人個人の集まりである社会の中で、孤独に耐えつつ責任を果たすしかないという「近代的自我の淋しさ」》を意識的に抱え持った人のことなのでしょう。

 

これは、『こゝろ』が書かれた時期とほぼ同じ時期に行われた漱石の講演記録『私の個人主義』にも詳しいです。

そも、漱石の小説の多くは、こうした《近代的自我》の矛盾《近代的自我》の袋小路《近代的自我》の軋轢を剔出して描いてみせたものと言えるでしょう。

これはとりもなおさず《イゴイスト》の矛盾《イゴイスト》の行きつく袋小路《イゴイスト》同士の軋轢とも言い換えることができるでしょう。もちろん、ここでのイゴイストの意味は、後者の意味です。

 

神は細部に宿るとよく言われますね。イゴイストという言葉一つを採ってみても、漱石の小説群の本質の一つが浮かび上がってくるように思います。

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