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最新作『ディオゲネス』。

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皆さん、こんにちは。学びの庭・塾長の柳です。

 

今回は、塾長が娘のためだけに書いている小説(※)のなかから、最新作『ディオゲネス』について、概要を紹介してみます。

※…塾長は娘が小3の頃から娘のためにいくつものミニ小説を書いて読んでもらって、親子のコミュニケーションの一つにしています。

 

原稿用紙換算30~40枚の、ごく読みやすい(たぶん)、ギャグと勢いに満ちた短編です。

 

全体のつくりとして、「一休宗純は、日本のディオゲネスだ!」という視点のもと、

①古代ギリシャの哲人・ディオゲネス(樽のディオゲネスと称される奇人)と、

②室町期の風狂僧・一休宗純(周建)と、

③平成元年の高校3年生・イッキュウくんこと宗多純一くんの、

3つの時代・場面が並行して語られます。

 

特に、一休宗純が飲まず食わずの坐禅を組む場面での、3柱の霊(女の霊、和尚の霊、ディオゲネスの霊)とのやり取りが、語りのヴォリュームやヴォルテージも高まり、圧巻です。

三者三様の狂人・変人・奇人ぶりなのですが、ここにさらにニーチェというもう一人の狂人哲学者の話題も加わっていきます。

(ヘーゲル、マルクス、ルソー、ディドロら、思想家たちや、アレクサンドロス大王、還俗将軍足利義教ら、歴史上の人物たちも出てくるのですが、いわば“にぎやかし”なので、あまり気にしなくてよさそうです。)

 

おそらく、テーマの一つは、《狂人・変人・奇人とは、何か。》だと思います。

大胆なテーマですね。

 

終盤、しんみりとした語りの中には、こんな記述があります。イッキュウくんのクラスメイトである「わたし」は言います。

「大学受験を間近に控え、わたしたちは波にのまれてしまうけれど、イッキュウくんだけは、いつまでも自分の道を邁進していると信じている。/波にのまれて死ぬのは誰なのか。死んでしまったのは誰なのか。もしかしたら、わたしたちのほうなのではないか。」

さらに、こんなふうにも語られています。

狂った人間が大半になれば、まともな人間のほうが狂人あつかいとなる。よこしまな人間のほうが多数になれば、まっとうで純粋な人間は煙たがられる。計算高い人間が増えれば、真正直な人間は割を食わされる。黙っているほうが利口だと誰もが考えるならば、沈黙を破る人間はただの愚か者とみなされる。」

 

これは、いまの日本社会の問題の一つをそのまま抉り出しているような気がします。

 

何が常識で、何が非常識なのか。

何がまともで、何がまともでないのか。

何に価値を見出して、人は人の世を生きていくのか。

 

塾生の皆さんには、(この『ディオゲネス』を読んでほしいとまでは言いませんが)今回のこの塾長日記で、そんなことをちょっとでも考える縁(よすが)にしてもらえたら、うれしいです。

 

 

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