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皆さん、こんにちは。学びの庭・塾長の柳です。
前回から引き続いて、もう一つ、夏目漱石『三四郎』について語らせてください。
冒頭部、三四郎は、汽車の中で行き会った女と、名古屋で同じ宿、同じ部屋に泊まるはめになります。次の日の朝、女に「あなたは余っ程度胸のない方ですね」と言われてしまう。
小説全体としても、三四郎はその後東京で出会う美禰子に対してはっきりとした行動をほとんどとらず、もっぱら観察と思索とに終始しています。
他の人たちにも生返事をしたり、いろいろと考えた末に黙っていたり、何ら自発的に行動をとろうとしなかったりします。
こうした言動は、《臆病》《優柔不断》《度胸がない》《主体性がない》《鈍感》……など、マイナスの評価を与えられてしまうようなものです。
しかし、本当にそうなのでしょうか。
塾長はそうは思いません。三四郎は、実は《慎重》で《思慮深く》、……何より、《紳士的》なのです。
一挙にプラスの評価に転じますね。
きちんと根拠があります。
まさにその名古屋の宿の場面で、夫婦と勘違いされて広い布団を一枚しか敷いてもらえなかったとき、三四郎はこんな策を講じます。
[……]敷いてある敷布(シート)の余っている端を女の寐(ね)ている方へ向けてぐるぐる巻き出した。そうして蒲団(ふとん)の真中に白い長い仕切を拵(こしら)えた。[……]三四郎は西洋手拭(タウエル)を広げて、これを自分の領分に二枚続きに長く敷いて、その上に細く寝た。
皆さんは、これが何から来ているか、分かりますか。
塾長も分からなかったのですが、これは、三四郎が、アーサー王伝説の中に出てくる騎士のやり方に準じて行ったものだそうです。騎士は寝台の真ん中に剣を置き、女性を剣のあちら側に寝かせ、自分は剣よりもあちら側には身を置かないと誓いを立て、女性の純潔を守ったといいます。
塾長の大学院時代、中世フランス語で『Tristan et Iseult』の演習授業を履修していた際、中世フランス語の大家・新倉俊一先生が指摘してくださったことを記憶しています。
トリスタンとイゾルデや、アーサー王伝説の話をしている中でのいきなりの『三四郎』だったので、すぐには全くピンとくることもなく、実に不甲斐ない学生の一人であったと、自分の未熟ぶりに、いまでも反省頻りです。
ともあれ、つまり、三四郎は中世の騎士にも負けない《騎士道精神》を持った男、女性の貞操を侵さない《紳士》であったということです。
いかがでしょうか。
東京に来て、美禰子から金を受け取るか受け取らないかで一悶着あった時も、美禰子に窮屈な思いをさせないようにと配慮をしたがゆえに両者の間ですれ違いが生じたのであって、三四郎の心の底には、この《騎士》《紳士》としての思いやりが隠れていたことを、この場面において看過してはいけません。
《度胸がない》などとは、とんでもない言いがかりです。(三四郎自身は見事に言い当てられたと思ったようですが。) 三四郎は、若い世代にもかかわらず、広田先生曰く所の《利他主義》の人であったのでしょう。
『坊っちゃん』の主人公が《サムライ》としての心根を持っていたように、『三四郎』の主人公は《騎士》《紳士》のそれを持っていたのです。