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皆さんは、ニホン派ですか、ニッポン派ですか。
皆さん、こんにちは。学びの庭・塾長の柳です。
最近、塾長は、江戸時代の草双紙(黄表紙)を読んで楽しんでいます。
ちくま文庫の、図版の文字を活字に起こしたものです。
(これなら、塾長にも読める。)
その中で、面白い表記のものを見つけました。
奈ミ多゛尓末志゛留水者゜奈尓……
涙にまじる水ぱなに……
特にこの最後にある、「水ぱな」というところに注意が行きました。
この個所は七五調ゆえ、そのまま「みずぱな」と読むこともあり得るかもしれませんが、ふつうは、水+洟ならば、水っ洟「みずっぱな」と促音がついた発音となることでしょう。
涙にまじる水っぱなに……
と、七五調から逸脱した破調となるのでしょうか。
非常に興味があります。
と、いうのも、……
日本は、もともと、ニホンと読むのか、ニッポンと読むのか、というのが、最近の塾長の気になるテーマだからです。
本居宣長は、飛鳥時代、孝徳天皇の頃、日本という国号を定め、持統天皇の頃、唐(正確には則天武后の時代ゆえ周)にこの国号を認めさせ、これを「爾富牟(にほむ)」と読んだと記しています。
土佐日記の冒頭も、「日記」と書いて、「ニキ」と読んでいたとも言われています。
いえ、昔は促音の「っ」という表記がなかったので、にほむと書いて「ニッポン」と読んでいたかもしれません(ハ行はパ行音で読まれていたとも言います)し、にきと書いて「ニッキ」と読んでいたかもしれません。
「水ぱな」に話を戻しましょう。
江戸時代には、せっかちな江戸っ子によって、促音の「っ」が脱落したとも言います。
栗鼠(りっす)がリスに、蜜柑(みっかん)がミカンになったように。
つまり、もし、水っぱなが促音脱落で「水ぱな」(発音もミズパナ)になったのだとすれば、ニッポンが「ニポン」になってもおかしくはないわけです。ですが、そんな読み方はないですね。
塾長は、日本書紀、日本霊異記、続日本紀、などの例からも、もともとはニホンと発音していたのではないかと思いたいのですが、何とも言えません。
「日」という字は、「日本(ニホン)」「日記(ニキ)」の時以外、「ニ」とは読まないようにも思います。とすると、やはり、「日(ニチ)」+「本(ホン)」で、「日本(ニッポン)」と促音化したということなのでしょうか。
表記と発音、その変遷。
さまざまな可能性を考えてしまいます。
もし詳しい方がいらっしゃれば、どうぞご教示をお願いいたします。